浜口美和掲載美術誌アーカイブ

過去の個展/掲載誌・書籍
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浜口美和が紹介された過去の雑誌やブックについてご紹介致します。

「雑誌に自分の作品が掲載される」際には下記の3つのパターンがある認識です。
①広告宣伝のためにお金を払って載せる
②無償で載せてくれる
③掲載料を頂ける
残念ながらご紹介する掲載誌がどのパターンで載っているのか?につきましては解っておりません。

上記のようなケースがあるにせよ浜口美和についての作品と、美術評論家の先生のご意見などを合わせてご覧いただければ幸いです。
なお掲載誌をご紹介する前に戦後の美術雑誌のトレンドについてまとめたく存じますので合わせてご一読いただければ幸いです。

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戦後の美術雑誌

美術雑誌にもいろいろなものがありますが、戦後に創刊されて現在も続いているのは隔月刊で発行される「美術手帖」で、1948年に創刊されていて一番歴史があると思います。[1]

次に歴史があると思われるのは新潮社が発行している「芸術新潮」で、創刊は1950年です。[2]

なお「美術手帖」を出版している「美術出版社」ですが、明治38年に水彩画の指南書である「みづゑ」を創刊した春鳥会が前身のようです。[3]

その後1944年に日本美術出版株式会社が設立され、1948年に株式会社美術出版社に社名変更になりますが、会社としては雑誌不況やインターネットの拡大などが要因と思われますが2015年3月に民事再生法申請して再建がすすめられ、その後TSUTAYAを展開するカルチャーコンビニエンスクラブの支援を受けて現在に至っています。[4]

ところで1948年に社名変更により消滅したはずの「日本美術出版」という社名ですが、その後1984年創刊された「藝術公論」の出版社として再度登場します。
この会社は現在の日本美術出版株式会社とは別会社になりますが、その後会社自体何度か変遷(日本美術出版→芸術公論出版→インターアート出版→芸術公論出版→アイエフティ―)をしながらも「藝術公論」は第21巻4号(隔月刊なので2004年8月)までは刊行されていたようです。[5]

ただしネットを調べた範囲では、現状「同じ社名で別の会社が存在する」事もあり「いつまでその雑誌が刊行されていたか?」とか「出版社がいつまで存在していたか?」という情報は明確に得る事ができませんでした。

「なぜこのような話題に触れたのか?」と言いますと、美術雑誌は時代の移り変わりとともに「移ろい易いものである」ということをお知らせしたかったからです。

[1]Wikipedia「美術手帖」 https://ja.wikipedia.org/wiki/美術手帖
[2]Wikipedia「芸術新潮」 https://ja.wikipedia.org/wiki/芸術新潮
[3]美術出版「会社情報」 https://www.bijutsu.press/company/
[4]Wikipedia「美術出版社」 https://ja.wikipedia.org/wiki/美術出版社
[5]国立国会図書館サーチ「藝術公論」 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000041822-00

美術雑誌の役割や内容の変遷

東京国立近代美術館アートライブラリには「藝術新潮」[6]と「美術手帖」[7]それぞれ創刊から2014年までの特集記事のタイトル名が一覧で掲載されています。
[6]東京国立近代美術館アートライブラリ「藝術新潮」 https://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/02/201408_01_geijutushinchou.pdf
[7]東京国立近代美術館アートライブラリ「美術手帖」 https://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/02/201408_05_bt.pdf

※一覧が2014年までになっているのは両者ともに資料が2014年に作成されているためで、ともに現在でも発行されています。

それ以外に「美術の窓」という1982年創刊の美術雑誌があり現在も発行されていますが、この雑誌の特集記事のタイトル名をまとめた資料が存在していなかったため微力ながら作成しておりますので、下記のページをご参照いただければ幸いです。

なお筆者は芸術・美術の視点から役割の変遷を語ることはできませんので、世の中の変化にともなう紙媒体である美術雑誌の役割や内容の変遷についていくつかの観点から以下にまとめておきたく存じます。

美術系大学の充実

国公立5校や五美大と言われる大学は沖縄県立芸術大学(1986年)を除き1960年代には大学として設立されていますが、関西四美大・京都五芸大と言われる大学は両者に含まれる大学が2校ありますが、大阪芸術大学(1957年)を除いて1970年代以降での設立になります。[8]
[8]Wikipedia「美術学校」 https://ja.wikipedia.org/wiki/美術学校

絵を学ぶ環境が変化した事で、専門性の高い特集を組むのか?、一般的に受け入れられ易い特集を組むのか?編集の仕方で雑誌の売上に影響する事になります。

公募展開催数の増加

昔であれば、東京で秋に開かれる公募展を見ていれば、まずまず問題なく公募展のトレンドをカバーできる時代もあったはずですが、美術のすそ野が広がり1年を通して、また地方各地でも公募展が開かれるようになると、全国をカバーすることは難しく、といってどこにフォーカスを絞れば良いのか?の決め方も難しいので、次第と美術雑誌から公募展が特集記事としては取り上げられ難くなっていると推察致します。

カラーテレビの普及

カラー放送は1964年の東京オリンピックに始まりますが、テレビの普及率は1975年に9割を超えています。[8]

それに伴い当時のNHK教育テレビでは中・高生向けの番組として「美術の世界」が1972年から1980年まで放送され[9]、合わせて現在(2019年)まで44年間続いている「日曜美術館」も1976年にスタートしています。またそれ以外にも『NHK特集「ルーブル美術館」(1985年)』、『NHKスペシャル「印象派の殿堂 オルセー美術館」(1990年)』などその他多くの美術番組が放送されてきました。[10]

美術雑誌にとってこのような番組は美術需要を掘り起こす効果が期待できる反面、それまで唯一のメディア媒体であったから取り扱えたような話題から後退させることになった認識です。ただ2000年に至るまではメディアとしては共存できていたのではないでしょうか?

[8]YAHOOニュース「二人以上世帯では96.6%…カラーテレビの普及率をさぐる」 https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20180502-00084646/
[9]Wikipedia「美術の世界」 https://ja.wikipedia.org/wiki/美術の世界
[10]NHKアーカイブ「美術番組再発見!」 https://www2.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/?d=hobby004

パソコン及びインターネットの普及

2000年を過ぎると2001年には2人以上での世帯のパソコン普及率が50%を超えて来ます。これに併せて2002年にはインターネットの普及率も6歳以上の個人で50%を超えます。[11]
[11]YAHOOニュース「個人ベースでは79.8%…インターネットの普及率の推移をさぐる(2019年公開版)」 https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20190804-00135439/

こうなってくると自分が見たい情報はネットから入手することができるようになり、紙媒体の雑誌が売れるためには内容の差別化が必要になると思いますが、現状は雑誌不況の状況から抜け出せていない認識です。

雑誌不況

月刊誌は1997年をピークに、以降20年連続で販売額が減少し休刊点数が創刊点数を上回っている状況です。ピークの時と比べると大体60%ぐらいのところまで下がって来ています。[12]
[12]出版科学研究所「日本の出版統計」 https://www.ajpea.or.jp/statistics/index.html

一時期コンビニエンスストアでの雑誌販売により書店以外の販路として期待された時期もありましたが、現状では「コンビニにおける書籍売り上げは減少の一途を辿り、10年間で約6割も減少している」[13]とのことです。
[13]HARBOR BUSINESS Online「国内のコンビニエンスストアにおける分野別販売額推移」 https://hbol.jp/185873/2

売れ残って返品された雑誌の多くは取次からそのまま古紙として再利用されるケースが多く、一部はバックナンバーとしてネットショッピングに回されるものがありますが、当然すべての雑誌ではなくAMAZON、セブンネットショッピング、紀伊国屋書店ウェッブストアや「雑誌のオンライン書店(株式会社富士山マガジンサービス)」のようなWeb販売で扱われているのは一部の雑誌に留まる認識です。

このような状況になると、下降期においては手堅い・実績がある特集が優先される事になり易い認識です。

美術評論家に依頼する仕事との関係

美術評論家連盟という団体が国際美術評論家連盟の日本支部として1954年に創立されています。[13]
[13]美術評論家連盟「結成経緯 / 「表現の自由について」の基本理念」 http://www.aicajapan.com/ja/about/background/

美術雑誌における美術評論家の仕事としては、出版社もしくは編集プロダクションからの記事の執筆を依頼されるものと推察されますが、雑誌が右肩上がりの時は評論家としてだけでも生計は成り立っている方もいらっしゃったと思います。

そのような場合は基本的には複数名の同じ評論家の方にお願いする形になることと存じますが、美術雑誌全体のパイが小さくなってくると同じ人が多くの作家をカバーすることになるものと思います。

そうなると記事内容のバリエーションを狭めることになり雑誌の売上に影響するケースもある事と存じます。

浜口美和作品の掲載誌

なお後述する浜口美和が掲載されている美術雑誌のうち現在も継続しているのは次の4誌になります。
・1968年に創業した「一枚の繪株式会社」の美術雑誌「一枚の繪」1971年11月創刊[14]
・1980年に設立した「株式会社生活の友社」の「美術の窓」1982年創刊[15]
・1991年に設立した「株式会社アートジャーナル社」の「Art Journal」1994年創刊[16]
・恐らく2004年に設立された「美術の杜株式会社」の「BM」2004年2月創刊

  • 美術の杜株式会社はホームページが作られておらず正確な設立年月を把握できていませんが、「BM」の表紙に「美術の杜出版創立10周年」と最初に載るのが2014年1月発売のVol.33号になるので、そこから逆算すると2004年の設立と思われます。

一方残念ながら現在存続していない雑誌は下記の2誌になります。
・「ART GRAPH」はアートグラフ株式会社の出版で1993年に創刊された隔月刊の美術誌[17]

  • 「ART GRAPH」の継続前誌は「Deco deco」で、その出版社はインターアート出版であり[18]、この会社は「藝術公論」の変遷のなかに登場する会社の内の1社になります。
  • 「ART GRAPH」の販売は中取月を通さない形態であり、取次と直取引ができるという事はある程度の規模の出版量が必要なはずですので、そういった観点からも「藝術公論」を出版していた会社から派生してできた美術誌になるのかもしれません。
  • 創刊10周年記念号(2002年7月)はネットオークションに出てくることがあるので、少なくとも2002年までは発行されていた模様です。

・「ARTPOLOTAN」はアートポリタン株式会社の発行、ファーストパブリッシング株式会社が販売していた「文化・芸術け生活の総合誌」。1997年からは「地球規模スーパーマガジン」にキャッチコピーが変更されています。なお創刊は1994年ごろと思われます。

  • 創刊も休廃刊も正確な情報を見つける事ができませんでした。
    • 2011年11月号(第8巻通巻44号)が創刊6周年記念号としてネットオークションに出ていたので、2011年までは発売されていたようです。
    • 創刊6周年ということは1995年創刊?のように思いますが、奇数月発行で第8巻になっているので1994年が創刊年になりそうです。ただし正確なところは不明です。

[14]一枚の繪「創刊号からの表紙画像」 http://1drv.ms/1g3QIqZ
[15]生活の友社「会社概要」 https://www.tomosha.com/company/cc1854.html
[16]アートジャーナル社「会社概要」 https://www.artj.co.jp/aj/info.html
[17]国立国会図書館サーチ「アートグラフ株式会社」 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000088494-00
[18]国立国会図書館サーチ「Deco deco」 https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000093671-00

※記載されている所属団体や肩書は発行された年の時点でのものになっています。
※なお恐れ入りますが本ページに掲載している画像データの転用・転載はお控えいただきますようお願い申し上げます。

一枚の繪

一枚の繪株式会社は1968年創業になりますが、1971年から月刊誌として「一枚の繪」を発行しています。

一枚の繪株式会社は、これまで画廊が担ってきた絵画の販売、企画展の開催、新人育成などを会社組織として立ち上げ、合わせてつながりのある画がの絵を販促するための月刊誌として「一枚の繪」という美術誌も発行しています。

浜口美和と一枚の繪との関わり合いのきっかけは、1975年に第4回「現代洋画精鋭選抜展」(現在は「絵の現在 選抜展」に名称変更)で銀賞を受賞したことに始まります。

受賞の要因としては下記のようなことが考えられます。

  • 二紀会同人であったことと女流画家協会展にも出品していたこと
  • 前年1974年に銀座 越後屋美術サロンで個展を開いていたこと
  • 二紀展初入選から10年を経て初期の頃の作風としては確立していたこと

なお一枚の繪とは1985年から2000年の間は疎遠となっていますが、その後復活をしています。
その理由は明確には解りませんが何か行き違いがあったのものと推察されます。

今回は2001年以降に掲載されたものをピックアップしてご紹介致します。

2001年3月号
Vol.355

花便り

花はどの花も好きですが、特に白や黄色の花が大好きです。アトリエの外には、大きな白木蓮が枝をのばし、雉鳩、ひよどりが羽を休めて楽しませてくれます。

春への旋律 8号

2001年別冊
Vol.72

わたしのモチーフ
静物

自然に魅了される私は、花も人工的に整い過ぎていないものが好きです。そして自然に盛り、花瓶は普段から形の面白いもの、図柄、色の好きなものなど集めておりますので、その中から花に合うものを選びます。バックは、宇宙に惹かれますので、広がりを感じられる月とか、星、風をよく描きます。

自然賛歌(月と花と風と) 8号

2003年7月号
Vol.383

おんなの表情

家の近くには、小学校・中学校・公園と続く緑の空間があります。緑の好きな私は、家の周辺にも、樹木や草花を植え、自然の恵みに感謝しております。今回、女性像の点景に入れましたが、年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからずの詩を思い出しました。

静かな公園(鳩の舞う) 4号

2004年5月号
Vol.393

青の魅力
青い静物と花を描く

私の好きな色は青と緑。宇宙に惹かれ、月や星たちの天体ショーに触れては、刻々と表情を変える青の魅力にますます心が奪われています。十二月生まれの私の誕生石はトルコブルー。この色に運命さえも感じます。

自然賛歌(月と花と風と) 8号

美術の窓

「美術の窓」を発行している株式会社生活の友社は従業員20名ほどの会社です。販売は自社で直接取次に卸していて、Web販売はAMAZONが中心のようです。

生活の友社の芸術家サポートに関しては「美術の窓の年鑑」や「美術界データブック」などのようにデータ収集に関しての強みを持たれています。

1982年創刊の「美術の窓」に初めて浜口美和が掲載されたのは、1994年9月号Vol.139での「県別誌上ギャラリー 埼玉県」の企画で取り上げてもらったことによります。

その後は1997年4月号Vol.165(3月20日発売)の「大型展評 FOCUS」で同年3月16日から3月22日まで渋谷東急本店で開催した個展と、それから2年後の1999年5月号Vol.188(4/20発売)の「大型展評 FOCUS」で同年3月16日から3月22日まで渋谷東急本店で開催した個展が紹介されています。

その他では現代アートセレクション的な企画の中で幾度か多くの画家に混じって掲載されています。

今回はその中から3つほどピックアップしてご紹介いたします。

1997年4月号
Vol.165

大型展評 FOCUS
浜口美和油絵展
~自然との会話~

114頁
「休日(風をきく)」6号
「静かなひととき」6号

敬虔な室内楽
「自然には感動と驚きがあるんです。」
 画家が日常生活において見つけた自然の中の小さな発見。 それが、これらの一点一点に溌剌としていのちを与えている。
 昨年の二紀展に出品された一二〇号から小品まで新作約三十点が 展示された今展のテーマは「自然との会話」。 画家が長年追い求めてきたテーマである。 その会話は弾み、自然と画家との関係がより親密さを増してきた。
 「休日(風にきく)」(六号)は、室外の草木の間を通る清々しい 風が、そのまま室内に吹き込んでいる。 それを受ける卓上の花や果物、瓶の静かな佇まい。 少し引かれた手前の椅子や机の上に置かれた帽子からは、 人の気配が感じられる。 この静かな光景を中央の白い鳥の羽音が引き立たせている。 緩やかな空気の振動が風の囁きとなって伝わってくる。
 「静かなひととき」(六号)に描かれている女性は、 不思議な瞑想状態に入っているように感じられる。 彼女は自然のさまざまな気配にじっと耳を澄まし、 じっくりとイメージを紡ぎだそうとしているかのようだ。 それは、まるで画家の分身のように感じられる。
 どの作品からも典雅なリズムとハーフトーンの色彩の中の 微妙な諧調のハーモニーが響いてくる。 それは静かで敬虔な室内楽を聴くような楽しさであった。

1999年1月号
Vol.185

巻頭特集Part3
20世紀美術セレクション~現代の日本美術を考える

137頁

モチーフのこと
「自然との会話」シリーズを描いて、何年になるでしょうか。気質として、人工的なものより自然の形態に心惹かれる私は、足元の雑草から宇宙の大きな広がりまで、自然の豊かな素晴らしい魅力を感じます。そして神羅万象に畏怖の思いを持つと共に、自然こそ、ハイ・テクノロジーではないかと思います。
自然は私が成長すれば、それに従って、いくらでも美の扉を開いてくれます。こんな自然・地球を大切にと願う気持ちで一ぱいです。

「自然との会話(森からの風)」1996年 100S

1999年5月号
Vol.188

大型展評 FOCUS
浜口美和油絵展

138頁
139頁

筆者補足
マチエール-:絵肌・質感

「風の音」20F
「自然賛歌」8F

 浜口美和の<自然との会話シリーズ>である。
 どれも、たっぶりとした色彩が、詩情あふれる作品に厚みを与え、甘味になりやすいモチーフに存在感を与える。
 「風の音」では、女性の半身像と緑の植物、白い鳥と蝶がみえる。赤い花柄のカーテンのようなものが左にあって、中央では白い風の帯が吹きぬけていくのかようだ。二重、三重にイメージが重なり、空間を中断するような新鮮な構成がみられる。遠くをみつめる女性の白い姿が、彫刻のように立体的だ。華やぎと装飾性とが加わって、画面を活気付けている。親密な空間は、浜口美和ならではの味わい深い世界だ。
 「自然賛歌」は、室内画である。中央手前の赤いテーブルクロスが逆遠近で、そこに赤やピンマや白や青紫の花々が生けてある。左側には猫が寝そべり、右側には頭の帽子に手を添えたポーズの少女がたたずむ。帽子の上や腕のあたりに白い小鳥がとまっている。背後のイーゼルには、描きかけの風景画があり、そのうしろにも描きかけの緑の風景画のようなものがみえる。次の間には、ブルーの下塗りをすませたキャンバスがあるようだ。全体は青い壁と青いジュータンらしい。塗りこめた画肌がたしかな手ごたえを感じさせる。人工的な室内空間にもかかわらず、そこに自然の息吹をとりこんだシックな作品だ。

(下に続く)
「森からの風」10F
「窓辺」6F

 「森からの風」も、ダブルイメージ、トリプルイメージの華麗な幻想風味が、さわやかな手ざわりを示している。緑の木々、白樺、夜空の星や月、花びんの花束。空間の重なりと自由なイメージの飛翔がこの画家ならではだ。
 「窓辺」。このも高原のようなさわやかな緑の空間とテラスのテーブルや椅子、鳥かごの小鳥などが叙情的な世界をつくりあげている。
 浜口美和の特徴は、この深々とした絵画空間が折り重なり、斬新でモダンな装飾性を示す点と、可憐なモチーフが自然の動植物といっしょになって、独自の風格を示す点だろう。生命の輝きが、しっかりとしたマチエールによって謳歌されているのである。画家のまなざしが、童女のごとく純粋で、しかも年輪をきざんだ味わいを感じさせるのである。
 浜口美和は、愛する自然にむきあうことで、一種の霊感をうけとるにちがいない。緑の木々や青い空、白い雲、色あざやかな花々、小鳥や蝶、おだやかな日差し、太陽のめぐみ、雨のうるおい、風の心地よさ。画家は、生の不思議を自然との語らいの中から感じとり、作品の糧にしているのだといえよう。

企画室長・篠原弘

Art Journal

株式会社アートジャーナル社では書籍の販売は中取次として現在は星雲社を利用されているようです。[19]

なお取次以外にもAMAZON、楽天ブックスを始めとして多くのWeb販売にて取り扱いがされていて販売チャネルを多く持たれている印象です。

株式会社アートジャーナル社は1996年から2000年まで5回JAM展という企画展を開催されていたようです。[20]
その後2011年から世界平和芸術家協会主催の「震災遺児支援チャリティ展」において運営を担当されています。[21]

[19]Wikipedia「星雲社」 https://ja.wikipedia.org/wiki/星雲社
[20]アートジャーナル社「沿革」 https://www.artj.co.jp/aj/history.html
[21}「震災復興支援へのアートジャーナル社の取り組み」 https://www.artj.co.jp/aj/sc01.html#sc_article01

雑誌「Art Journal」の1994年2月創刊から2016年9月までの特集名をバックナンバーの表紙から読み取れる範囲で下記のページにまとめてあります。(通巻すべてをカバーできていませんのであらかじめご了承ください)
※なおバックナンバーを調べたのは次のサイトになります。「セブンネットショッピング、AMAZON、楽天ブックス、LINEショッピング、紀伊国屋書店ウェブストア、ヤフオク」

株式会社アートジャーナル社と浜口美和とのつながりは1995年2月号Vol.4の企画「The Artist」に掲載されたのが始まりです。
その後幾度か掲載されていますが、2000年以降につきましては現在確認を進めている段階ですが、もしかすると一枚の繪株式会社との関係が戻る中で、同じような画家の育成に力を入れられている株式会社アートジャーナル社とは疎遠になっていったのかもしれません。
そのような事もあり2000年より前に掲載された内容をご紹介いたします。

1995年2月号
Vol.4

The Artist

80頁
81頁
自然との会話(光と風の旋律)50F
自然との会話(光と風の旋律A)100F

 光と風が画面にすっと入り込みながら、そこに現出する女性像を、 自然とのささやきにも似た会話に導いてゆく浜口美和の世界。
 緑色または青色といった寒色をメイン・トーンとした透明感覚は、 光と風のイメージを定着してゆくうえで、いっそう効果を発揮するようになったといえよう。
 その一例は、《自然との会話(光と風の旋律)》。画面は白っぽい青色のきわめてデリケートなニュアンスの色面で構成されているけれども、色面と呼ぶにふさわしくないかもしれぬ。むしろそれは、白いレースのカーテンが、風と光を室内空間に呼び込むための透明な構成といった方がよかろう。こうした室内空間に、二人の女性が、観葉植物の葉と共に構成されている。
 だが、《自然との会話(光と風の旋律A)》においては、青色の透明な組成は、窓枠からながめられたように太い青と黒との線によって、かっちりと整理させられ、それに従って植物の背景も長方形化され、室内空間は、奥行きといわないまでも、空間の中心的位置が設定され、その位置を裸婦が占めている。そのために画面の中心が、見る者に視点を定めてくるのである。そしてこの裸婦は、同時に、この絵のイメージを拡げる中心点ともなっている。背景の美しい緑の葉模様と共に、大きなツバキの花が、彼女の腰部の方からひらき、右下方にも開花を促すが、蝶が花におびき寄せられる。すると室内空間に風が光と共に侵入するのだ。風に舞いあがる鳥のシルエットのような花たち。
 光と風の旋律は、自然との会話を室内空間にひびかせるのだ。

透明感覚にいざなわれる画面の旋律 佃 堅輔
自然との会話(虹と女と蝶)50F
自然との会話(緑風に憩う)50F

1995年9月号
Vol.6

Art Journal Gallery

99頁

   
   

自然との会話(風韻)
第7回(’95)国際美術大賞展大賞受賞

作品サイズ:100S

   
   

 やや抽象化され、構築化された画面の印象から、「描いた」のでなく、観念的に「造った」のだと思われるかもしれない。しかしこの作品、単に「造った」というより、「描き」つつ、「造った」と評する方がふさわしい。現実の風景を実際に眼前にして描き、それを面的に抽象化している。
 抽象化された自然の風景でありながら、リアリティをたっぷり感じさせるところに、作品としての強さの魅力があるのではなかろうか。
 緑、青の寒色系に、やわらかな暖色の黄を添えた透明感覚。樹木や空や鳥や花々との相互交流を親密に、のびやかに描く。
 こうして画家は、自然との会話を通すことで、複雑な人間社会で汚れがちなこころを美しく回復するかのようだ。

「描き」つつ、「造る」歓び
文・ワシオ・トシヒコ

1996年7月号
Vol.9

自然との会話(春への旋律) F10
自然との会話「森からの風」 F8

 自然との会話は、画家にとってどのようなことなのだろうか。自然に語りかけながら、自然の存在物との視覚的、内面的な交流を続けること。これが画家の自然との会話の意味なのだろう。
 浜口美和は、ここ数年、“自然との会話”をモティーフとした連作を試みている。連作というと、何かひとつのものを追い求めてゆくといったニュアンスが強いけれど、彼女の場合、さわやかな感覚が作品を導いてゆくのである。
 〈自然との会話(春への旋律)〉は、「森からの風」と同様に、黄色いチューリップに触発されたものである。白い花びんに活けられたこの花は、テーブルに置かれた室内空間から解放されて、森の茂みや木々の葉や、木々から透けてみえる青空に、さらには白い鳥たちに旋律の共鳴体を求める。それはイメージの展開に伴う色面的構成をかたちづくりながら、自然との楽しげな会話詩をうたう。そして森からの風は、「風韻」のように、風が強詞されて、画面構成に動きをみせる。風がささやき、木々も草もざわめき、空に雲が急ぎ始め、一羽の鳥が飛び立つ。自然との会話は、画家にイメージのまどろみを与えない。

自然との楽しげな会話詩
文・佃 堅輔
自然との会話「風韻」 S100
自然との会話「森からの風」 S100

1997年10月号
Vol.14

68頁
69頁

筆者補足
69ページ目の作品「自然との会話」の正式名は「自然との会話(風韻)」になります。

天空の序曲 50F
自然との会話 100S

 ”自然との会話”シリーズの作品で、メルヘンティックなシーンを展開している作家は、森のなかで樹木たちと語りあい、草花と囲まれながら、白い鳩のむれの歓迎をうけ、蝶のいざないにまかせて小径をゆく…。
 自然がつくりだす造成の妙や、色彩の宴のなかで制作しているような観のある、たのしさにあふれた作品である。自然の一角からファンタジーを導き出し、詩化しながら純粋なスペースを切り取ってゆく。
 自然の外観への平凡なリアリズムの手法によらずに、あるときは巨視の視点から大きくつかんで、作家独特の様式でパターン化し、また部分的には徽視の接近を試みて、肌目細やかな表情をひき出してゆく。
 そうしたメルヘンの素材は、個性的なコンポジションの再構成で、まったく新しい自然の空気がつくられる。
 「天空の序曲」は、コラージュあるいはモンタージュのように、作家の詩の心に映った自然の密度の濃いスベースを方形に抽出して、地紋的にあしらった原生林のパターンのなかに浮かびあがらせる。左端のビアノはこうした自然のメルヘンの律動を象徴化している。まさに序曲によるクローズアップの手法である。
 「自然との会話」は一本の立木の樹蔭で憩う蝶や鳩や草花たちで、おたがいの幸せを謳いながら緑のパラダイスをつくりだし、作家の一連の美しい様式化の手法が注目される。

自然を詩化するユニークな表現方法
文・長谷川栄

BM

美術の杜出版社はハローワークの求人情報によると従業員10名前後の会社になっていますが季刊で美術雑誌「BM」を発行しています。販売はArt Journalと同様に星雲社を利用していますが、取次以外に紀伊国屋書店ウェッブストアーやセブンネットショッピングなどでバックナンバーを扱われていてWeb販売に強みがある会社のようです。

割と新しい美術雑誌になりますが2004年創刊から2016年夏号までの特集名を次のページにまとめています。

美術の杜出版社と浜口美和とのつながりは2005年に2006年版の卓上カレンダーの作成を依頼したのが始まりです。

浜口美和は1997年より毎年卓上カレンダーを作成したきたのですが、最初に依頼していたアートポリタン株式会社の終焉にともない、2002年に2003年度版の作成を「藝術公論」を出版していた会社に委託したのですが、その会社も終焉にともない、2005年に2006年度版の作成を美術の杜出版社にお願いしています。

なぜ美術の杜出版社になったのか?経緯は解っていません。

なお「BM」に関しては2010年春号Vol.22の企画「時代を昇華する春麗女流作家大賞」の画家のひとりとして掲載されたのが始まりです。

クリックで拡大

その後は、2007年度版と2013年度版の卓上カレンダーの作成を美術の杜出版社にお願いをしていますが、恐らくその関係もあったのだと思いますが、2014年春号Vol.34で「現在の巨匠」というタイトルで左図のように表紙にも名前が掲載されました。

今回はVol.22の内容をご紹介いたします。

2010年春号
Vol.22

時代を昇華する春麗女流作家大賞
151頁

  

自然との会話「響き合う光と風」130F

筆者補足
・蠱惑–(コワク)心まどわす
・脂調–油絵具の調合?

   
   

誌的に重合の映像化で森との語らい描く
フェードイン、フェードアウトなどなど、幻影の複雑な重合がつくり出すイメージの森のなかに迷い込んだ妖精のようなひとりの女性こそは作家ご自身なのであろう。実感した自然の植生との野趣に満ちた会話を画面に記録するために、響き合う光と風の余韻あるイメージの重なりで、幾重にもダブルインポーズをくり返しながら誌的にイメージを展開している。絵画という二次元の表現の限界を感じながら、それを突破しようと、さまざまな高度な手法によって映像化をはかり、時間・空間の自由を獲得した実験的な作品であり、ポエティックな可能性をもつ、きわめて魅力ある蠱惑を受ける作品である。クールな色彩の脂調の使い方にも音楽性を感じることができる。

文/長谷川栄

ART GRAPH

「ART GRAPH」は1993年に創刊した隔月刊の美術誌ですが、浜口美和にとっては「一枚の繪」「美術の窓」に続く三番目に掲載をされた雑誌であり、休廃刊するまでの約10年間に6回ほど掲載をしていただいております。

多くはART FLASHのコーナーで事前・事後での個展紹介をしていただいているのですが、その中から3つほどご紹介いたします。

なお創刊から2002年7月号までの特集名を次のページにまとめています。

1994年11月号
Vol.8

  
  
   

輪廻転生

作品サイズは確認中です。

   
   
   

 二紀会同人で、朱葉会会員の浜口さんは、両展覧会で次々と受賞するほか、パリやNYの国際芸術展でも活躍し、それぞれ大賞や上位の受賞歴をもっておられる。ことし(1994年)10月には個展も控え、ますます制作に熱が入っている。
 たいへんに軽快なタッチで、花に包まれた女性を描いているが、その表現はこだわりがなく、お人柄が率直に出ているようなソフトな絵である。通り一辺の写実画ではなく、そこはかとなく気分にあふれた、いかにも繊細な女性らしい感覚の作品で、色彩の選びかたもみごとで、シックな雰囲気をかもしだしている。
 輪郭をあまり明瞭に描かないことが、かえって画面上に、絵画としての自由な自律性をうながして、独特の個性ある領域を展開して面白い。ローランサンなどもそういった方向をめざしているが、浜口さんはさらに洗練されたカラリストとして評価したい。

個性あるカラリスト
文・長谷川 栄

1997年3月号
Vol.22

世界ビックアティスの競演

  
    

自然との会話「風韻」 120F

   
   

 画面の中央に描かれる―本の大きな樹木。もしかしたらそれは、宇宙の中心といってよいのかもしれない。
 鳥が飛び、花も咲いている。よく観ると、樹木。根元に巣があり、子鳥が母鳥に何か訴えている。閑かといえば、閑かな自然の光景だ。
 造形的にいえば、構図がしっかりしていて、ナマの色が少ない。ボカシ気味にキャンバスにタッチしているからだろう。
 これはつまり、全体の景色を空気でくるんでしまおうとする意図なのかもしれない。画面空間をべタッと塗り込めないで、空気、つまり、少しでも風の韻きで適わせようとする狙いのように思われるが、どうだろうか。
 まさに空間、空気と空気の間から詩情がにじみ出しているような作品だ。そんなに重々しくなく、そんなに軽々しくもなく、ちょうど良い加減に。

べタ塗りせず、通わせる空気
文・ワシオ・トシヒコ

1997年7月号
Vol.24

ART FLASH今月の話題人

窓辺

作品サイズ:30F

アトリエの女

背景に一部映り込んでいる作品サイズ:10F

 「モーツアルトのメロデーが聞こえて<るようだ」「室内楽を聴いているみたいだわ ね」そんなふうに言われるという浜口氏の絵。 屋外の自然を描いているのだけれど、室内楽を彷彿とさせるのは、どの作品も温かさを感じさせるからだろう。そして思わず、氏自身の育ちのよさを想像してしまう。
 「自然の中にはいつも新しい発見がありま すの」。自然とより親密になってゆく歓び、作品の一点、一点に命を与えてゆく歓びは、作家が一番よく知っている。
 けれどもひとたび作家の手を離れた作品たちは、観賞者をして、「希望が沸いてくる」「幸せな気分になる」と言わしめる。そのためかどうか、「よくお医者さまが買って下さいますの」。患者さんたちが待合室の壁に飾ってある浜口氏の絵を見れば、爽やかな気分になるに違いない。色のハーモニーが人の心を落ち着かせる。どこからともなく自然の香りが漂い、ふうーっと緑の風が吹き抜けてゆく気がしてくる。「それが音楽であれ絵であれ、自然が、どれほど人の心を癒すか」…その意昧でも「皆さまのお役に立てるのは作家冥利に尽きる」もの。
 3月に銀座三越で岡展を聞いた。8月は倉敷での個庭を控え、米年秋には三越本店で個 農開催の予定。「忙しいですけれど、肩肘張らずに自然に描いていきたい」。抱負も爽やかである。

ARTPOLOTAN

「APRTPOLITAN」(アートポリタン)の創刊は1994年付近で、それから8年ぐらいに渡り発行されていた美術も扱うサブカルチャー雑誌になります。

浜口美和の作品は1996年5月号に初めて掲載されます。どのような形で接点があったのか?は解りませんが電話営業によるものだったかもしれません。
ただその翌年から6年に渡り(恐らくAPRTPOLITANが休廃刊になるまで)、毎年卓上カレンダーをアートポリタン株式会社に発注して作成をしていました。

そのような関係もあると思いますが、何度か取り上げていただいております、1冊のなかで別タイトルで2ヶ所に掲載されたこともありますが、そのうちから2つほどご紹介いたします。

なお創刊から2001年11月号までの特集名を次のページにまとめています。

1997年9月号
Vol.19

この人に会いたくて

122頁
123頁
自然との会話(風韻) F10

自然との会話(森の音) S100

 大自然の森羅万象、宇宙の神秘に惹かれて自然と人間の関わり合いをテーマに制作を続けている浜口さんは、常に我々に澄んだ、透明感のある作品をみせてくれる。我々の周りに当り前のように存在している自然は地球環境をクリーンに保つ維持装置のようなものである。それに依存して命を保っているはずの人間は逆にそれを目先の利益のために破壊して自らの存在自体も危うくしている。というようなことは、近年さまざまな方面で取り上げられているが、作家は早くからその重要性を認識し、アーティストならでは、女性ならではのしなやかな表現方法によって声高に訴え掛けるのではなく、感覚的に自然と人間の共存を伝えようとしている。
 浜口さんは緑と人間がお互いを理解し必要とし、心の上で会話を交わしていくことが、相互依存の緊密で有益な関係性を構築していくうえでもっとも大切であることを強調している。地球の環境を美化してゆくことはひいては宇宙の環境に対しても責任を持つことにつながる。
 大きなテーマを自分流の手法でさりげなく伝えてくれる浜口さんの大自然や宇宙との交歓がもたらす有益な示唆を期待したい。

風と緑の囁き声を繊細にカンヴァスに写しとる透明でみづみづしい美的なニュアンス
人間と自然の調和と共存がもたらす、平和と至福のイメージに息づく、詩情にあふれたタッチが生命の律動を作品に醸す
風をきく F15
室内(ステンドグラスと花) F8

1998年9月号
Vol.25

20世紀の印象派たち

59頁

Art Topics

105頁
自然との会話(人と時と光の中で)

作品サイズは確認中です。

 地球上の自然環境は数億年かかって営々と、自然自身のサイクルで、向上と淘汰をくりかえしながら築いてきた宝庫である。しかし、いつのころからか、人類の傲慢な征服欲が、美しい秩序を乱しはじめ、産葉革命以後はとくに化石燃料の燃焼ゃ、スピードへの飽くこ とない挑戦ですっかり環境の変貌を余儀無くさせている。
 浜口美和さんの警告は、御自身の絵画を通じてたゆまなく続けられ、今度の作品でも「自然との会話〔人と時と光の巾で)」によって、あらためて緑と絢爛に咲く花、光に満ちた清澄な空気の画面に語らせて、こうした理想境を提示することで反省の機会としているようである。
 このごろも世界中でダイオキシン、環境ホ ルモンの害が指摘され大騒ぎになっているが、浜口さんのように゛美"を積極的に画面に結実させることで、環境美の大切さを気付かせる効果は大きいし、必要なことである。

自然が自らつくった理想境
文・長谷川栄
自然との会話(女と花と蝶と) 4F
自然との会話(森からの風) 12F

 自然から伝わる風韻をテーマに詩的な表現を試みる画家・浜口美和さんの個展が来る9月2日から9月8日まで大阪・三越で開催される。
 浜口さんは二紀会の同人として作品を発表するのと並行して、日本選抜美術家協会の常任理事を務め後進の育成にも熱心であリ、また国際美術大賞展の常任理事としても美術文化の発展にも寄与しており、作品発表のみならず幅広い視点で活躍を続けている。  そLてその作品は透明感濫れる繊細な色遣いで美術評論家諸氏からも高い評価を受け、自然と人間との対話という高邁なテーマを美しい世界観の中で展開している。
 本展でもそのようなスタイルで描かれた作品多数の出品が予定され多くの期待を集めているがそれも昨今の浅薄なエコロジーブームと一線を画Lた、本質的で根元的な地平にまで掘り下げた深遠な表現が共感を集めているからであろう。
 他の誰にも描くことの出米ない独自に完成された詩世界は、緻密でありながらも穏やかな表情をもっていて、そうした人の心を癒す力に満ちた作品は、狂騒と混乱の日常が繰り返される現代において最も人々から求められている芸術なのではあるまいか。まだ見ぬ作品に今から期待が募る個展である。

透明な詩情が穏やかに奏でる人間と自然の共振を探し求めて

最後に

大変長くなってしまいましたが、現時点で把握できている浜口美和の掲載誌についてご紹介いたしました。

今後も資料の整理を進めて行く予定ですので、新しい情報が得られましたら適宜更新をして参ります。

最後までご一読いただき誠にありがとうございました。