浜口美和「女流画家協会展」出展作品集

所属団体展覧会アーカイブ
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浜口美和が所属した美術団体のひとつである女流画家協会で年一回開催される女流画家協会展に出品した作品をまとめています。

※なお恐れ入りますが本ページに掲載している画像データの転用・転載はお控えいただきますようお願い申し上げます。

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女流画家協会とは

女流画家協会は1947年(昭和22年)に創立された「女流画家の地位向上と新人の登竜門」のための美術公募団体です。[1]

創立は三岸節子氏、桂ユキ子氏、森田元子氏、桜井浜江氏など11名が発起人でかつ委員となり、会員73名で発足しています。[1]

女流画家協会展は1947年の第1回より例年5月から6月にかけて上野の東京都美術館(2011年は東京都美術館改装のため上野の森美術館で前期・後期に分けて開催)で開催されています。

第52回展(1998年)か会友制度が導入[1]されていますが「一般応募7回入選で会友に、2回受賞で会員。会員になってから会員の賞を2、3回とると、委員に推奨」[2]という暗黙の決まり事があるようです。

[1]:女流画家協会概要 http://www.joryugakakyokai.com/gaiyo/index.html
[2]:アート公募マガジン https://www.artkoubo.jp/magazine/artmag_0018.html

浜口美和の女流画家協会における年譜

1969年第23回女流画家協会展に初出品。以降1978年まで毎年出品
1976年第30回女流画家協会展で【クサカベ賞】受賞
1978年第32回女流画家協会展が最終出品

出品作品集

第23回(1969)現在調査中
第24回(1970)現在調査中
第25回(1971)

「ピアノと花と」
第26回(1972)
「花嫁」
第27回(1973)
「誓い」
第28回(1974)現在調査中
第29回(1975)
「レクイエム」
第30回(1976)現在調査中
第31回(1977)現在調査中
第32回(1978)現在調査中
女流画家協会展に
出品した作品で
あることは写真の
裏書から判明して
いますが第何回か
?は解っていま
せん。

なぜ朱葉会ではなく女流画家協会だったのか?

浜口美和は女流画家協会を退会した後、4年後に朱葉会に初出品します。

歴史的には朱葉会の方が古く、女流画家協会の方が新しい分けでありまして、なぜ最初から朱葉会にしなかったのか?が気になるところです。

残念ながら直接話を聞いた事はありませんが、二紀会の選択もそうなのですが、どちらかというと歴史と伝統を重んじるというよりも新しい団体の方を選んでいるのではないか?と思われます。

奇しくも女流画家協会の創立は二紀会の創設と同じ年にあったことも運命のめぐり合わせであったのかもしれません。

なぜ女流画家協会を退会したのか?

初出品から8年目で「クサカベ賞」を受賞し、暗黙の決まり事が昔から存在していたとすれば、もう一回受賞すれば会員になれるはずであったところで辞めてしまった理由は何であったのか?気になるところです。

もう50年近く前の子とであり、これは完全に憶測でしかありませんが、K氏の存在が関係しているのではないか?と思います。

K氏は女流画家としての王道を歩まれた方と認識していますが、誠に残念なことですが今年(2019年)5月に脳梗塞で逝去されました。この場をお借りしてお悔やみ申し上げます。

なお持論ではありますが、昭和後期の時代での「日本の女流画家の王道」とは次のような経歴を経る事と考えます。

  • 権威のある美術団体で会員、委員にステップアップする。
  • 安井賞展で賞を受賞する。
    • 安井賞展は1957年に始まり1997年第40回で終焉しています。[3]
    • 出品には美術団体と美術評論家などの有識者からの推薦が必要でした。[3]
  • 文化庁からお声がかかる。
  • 美術系大学で教鞭をとる。

[3]安井賞wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BA%95%E8%B3%9E

K氏と浜口美和は頃合いを同じくして二紀展に初出品をしていますが、K氏にとっては大阪の美術短大をした年でもありますので、浜口美和とは一回り以上歳が離れており、K氏からすると浜口美和を意識することは無かったことと存じます。

女流画家協会展にはK氏は1973年に初出品をするのですが、その翌年と翌々年に立て続け受賞をし、その翌年に浜口美和は初めてクサカベ賞を受賞するのですが、K氏はその翌年に女流画家協会会員となります。

K氏が会員となった翌年に浜口美和は女流画家協会を退会することになります。

両者の女流画家協会における年譜を並べると下記のようになります。

K氏浜口美和
1969年女流画家協会展初出品
1970年
1971年
1972年
1973年女流画家協会展初出品
1974年女流画家協会展花椿賞受賞
1975年女流画家協会展 O夫人賞(マツダ賞)受賞
1976年女流画家協会展クサカベ賞受賞
1977年女流画家協会会員
1978年女流画家協会退会

一回りも若いK氏に追い抜かれてしまった事は、兄弟姉妹が多い環境で負けず嫌いな浜口美和にとっては耐え難いところがあったのかもしれません。

ただ絵は素人の筆者ではありますが、1974年のK氏の作品はK氏の後々の画風を既に感じさせるものがあるのに対し、浜口美和の女流画家協会展の作品は朱葉会で会員になる1985年以降の作風には到達していない、まだ試行錯誤していた時期であったことは否めず、おのずと勝敗は決まっていたと言いますが、当然の成り行きであったことと存じます。

ただ退会の理由につきましては、これだけではなく二紀会での出来事の影響もあったことと推察致します。

なお二紀会の件につきましては、『浜口美和「二紀会展」出展作品集』でご説明させていただきたく存じます。

最後に

ここに掲載した写真は展覧会の時に作成された宣材用写真またははがきを用いています。

初期の頃の写真のために一部色が劣化しているものもありますが、そのままスキャンをして掲載しています。
若干お見苦しいものもありますが、ご容赦いただければ幸いです。

以上最後までご一読いただき誠にありがとうございました。

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